出来ない事を探すより出来ることを探す

あなたが部下や同僚、友人、パートナー等から「新しい挑戦」をすると告げられた時
また、あなた自身が新しい世界にチャレンジする、または仕事などですることになった時

「やれる方法」を考えているでしょうか?

「やらない理由」「やれない理由」を考えていませんか?

Twitterでこの記事を見つけたとき
なんだかわからない位衝撃を感じました。

業界の事を熟知してない立場での主観ですが
医療や技術の進歩により人生120年とか言われ健康寿命が声高に叫ばれる昨今
介護業界が抱える課題はなんだか時代錯誤なことを言い続けていると感じていました。

人手が足りないのは給料が安いから
人がいないからロボットを導入する
日本人が来ないから外国人就労者を使う

確かにどれもさしあたって悪しきことではないと思いますが
更に高齢者が増え若者が減る未来にこれらのことがどこまで現実に出来るのか。
また財政に余裕のない地方が一体どれだけやれるのか
そんなことを漠然と思っていました。


ある事案で福祉関連の企業様と関わらせて頂いた時感じたことは
やらない理由を無意識に探しているなということでした。

  • 前例がないから
  • うちはこうする決まりだから
  • 経営層が認めないでしょう
  • そんなに予算は出せませんよ
  • そんな危ないことは許可できません

どんなアイデアを持って行ってもこんな風に言われる。
だからそれを回避するためにも社内営業(私は他社なのに)で時間をとられる
もちろん、方針はそれぞれですから当てはまらない企業や人も沢山いらっしゃいます。

でもこういうことって、福祉業界だけでなくどの業界でも一部の方々にも言えるなぁと感じたのです


1963年に制定された老人福祉法では、介護は「療養上の世話」でした。

でも、2000年に介護保険法が始まってから、僕らの仕事は「自立支援」なんです。

例えば施設で利用者の靴を履かせ、お茶や食事を出し、「危ないので座っていてくださいね。動かないでくださいね」と、できる人まですべて職員がやっていないでしょうか?

皆さんの中で、今座っている椅子に7時間座り続けられる方はいますか?

飛行機ならシンガポールくらいまで行けてしまう時間です。

健康な人でも辛いと思います。

でも、一部の介護施設では腰や足に痛みがあったり、認知症の高齢者の人を平気で7時間椅子に座らせ続けている。

朝、椅子に座らされて、3時間も経てば誰だって嫌になります。

それで「すいません。帰りたいんだけど」と伝えたら、「加藤さん帰宅願望あり」と記録に書かれる。

腰が痛くなって、立ち上がって出口を探せば「徘徊」と書かれて問題老人扱い…。

いい加減、僕たちはこの古い考えから脱却しないといけないと思います。

自分たちが7時間いられる環境でなければ、認知症の人がいられるわけがないんです。

でも、僕らの仕事は、管理や支配をすることではなく、介護保険上の自立支援をすることなんです。


上記は記事の一文の引用です。

確かに組織で1つの仕事をしていれば、相談もなく勝手な行動をされると困りますよね。しかし、組織の中からそういう「出過ぎた杭」がないと変わらないのも事実なんです。
高齢者世代の多くが現役だった時代は、高度成長期と呼ばれる過渡期で多くの人が自分のためより家族のため、国のためと言って身を粉にしてきた。承認欲求とか自己実現なんてことは言われていなかった激動の時代を生き抜いてきた方々なんです。

歳を重ね身体が思うように動かなくなったとはいえ、心はあの頃のまま。
それがまるで小さな子どものように扱われて、それで自尊心が保てるとは到底思えません。


時間がかかっても、多少リスクが高くても、自分で出来ることは自分でやってもらう
また他人が持たないスキルは積極的に必要とする人へ提供することで生きる張り合いを持つ


そんなことが当たり前の福祉や社会となれば
きっと街や地域はもっと活性化するのではないかと思います。


介護は、高齢者を社会資源にし、地域をデザインする仕事


未来の福祉はこうあってほしい
人生100年時代の福祉の考え方はこうだ
と心から思いました

街と人とコトと企業の課題を解決するコンテンツディレクターの活動日誌

相手の可能性を信じて、障害の有無に関わらず誰もが人間らしい働き甲斐のある仕事を持ち社会に貢献する人材を増やすミッションを現実に!