相手の立場になって考えることの難しさ

多くの人が予想していた通り、緊急事態宣言が延長されました。
そして、新たに緊急事態宣言が発出されたところも出てきました。


そんな中でも、オリンピックは開催に向けて粛々と準備が進められていることに
モヤモヤしている人も多いのではないでしょうか。
何を隠そう、私もその一人です。

そもそも、私は最初から東京オリンピックの開催は反対でした。
スポーツ観戦の面白さを理解できずこの年まで来てしまいまして…
酒の肴にすることもできません。

現状のようなコロナという未知なる敵と戦うことは想像していませんでしたが
世界中から東京に多くの人が集まり、そのためホテルや航空機が取れなくなったり
いつもより高額になったりするという環境になることが嫌だったのが主な理由です。


でも、ある人から
オリンピックに出場する選手たちは、若い頃から様々なことを犠牲にして生きている。
勉強だって仕事だって、友達や家族と過ごす時間だって、恋人を作ること、好きなスイーツを食べることだって我慢して頑張ってきた。
それを自分が望んだことと言ってしまえば、それまでだけど
これまでの彼らの苦労や我慢の努力を発揮する場所がオリンピックでもあるんだよ

もし、身近にオリンピック選手がいて、「日本がこんな状況で、自分たちはスポーツしていていいんでしょうか?」って聞かれたらなんて答える?

と言われたとき、思ったのです。


私は、今まで本当に相手の立場になって考えていただろうか…。


昔から公私ともに相談を持ち掛けられやすい人ではありましたが
本当に相手の立場を考えた上での答えを渡せていたのかなと考えました。

もちろん、仏じゃないのですべての相談に
そうして答えを出していたわけではありません。

しかし、もっと寄り添ったり理解したりできる部分があったよね
そんな風にも思いました。

相手の立場になって考えるには、話を傾聴する以外にも、置かれている状況を客観的に理解したり、その時の社会情勢を考慮したり、沢山の要素を知ったうえで答えを出す必要があると思うのです。


そういうことを考えると
私たちは、小さなころから相手の立場に立って考えなさいと言われて育ちましたが
それはなかなかに高いハードルだったんではないかと思ったりしたのでした。




マチヒトコトモノ活動日誌

未来に向けて意欲的に挑戦を続ける人が好き!そのパッションあふれるサービスを形にするプランニングディレクターの活動記録や思ったことを綴ります