鐘で差別が無くなるわけがない

今、世の中を騒がせている鐘問題の渦中にある佐賀在住者ですw
私がこの問題をどう思ってるか
まとめてみたいと思います。
まず、一番注目されてる鐘ですが
私の主観は、鐘を設置したからと言って差別はなくならないし、考えるきっかけにもならないと思っています。あくまでも、私は。

元々、閉鎖的な田舎。
隣がどうしたこうしたなんて、3秒もあれば広まってしまう小さな町なんです。
どうしたって一度コロナが発生してしまえば近所にそのことが広がるのは防げません。
差別って、抑圧されている感情があるから、我慢している思いがあるから起きるんだと思います。インフルエンザにかかって差別されたなんて話は聞かないですよね。

私はこんなにも我慢しているのに、あの人だけ好き勝手して許せない!
コロナになるのも自業自得!


口にせずとも、意識せずともそんな気持ちが心の中にあれば、相手への配慮や立場を考えることも出来なくなります。
まだわからないことも多く、寛解の基準もよくわからない未知の感染症という恐怖が余計に煽っているんじゃないかと思います。
じゃ、どーすりゃいいの?って
それはもう、恐怖を取り除くことと、出来るだけ行動制限をしないことですよね。

確かに、今佐賀では県境を跨いでの往来も時短営業も、休業要請もされていない自由な状況です。しかし、大事なのは心の自由だと思っています。

安心して好きな場所に行ける
安心して外食が出来る
安心して子どもを遊ばせられる

今、安心して出かけられる場所がないから
そういう環境が有れば少しは心の自由が生まれるんじゃないかと思います。ちゃんと情報提供をして、恐怖を軽減させて、そういうことに800万は使ってほしいんです。
全ての飲食店へのアクリル板設置の助成とか
収入が落ちてしまった世帯への給付とか
鐘じゃなくて必要なものは多々あるはずなんです。

それを一件ずつ県民の声を聞いて
必要なものを用意する費用として使うのが交付金のあり方ではないかと思っています。

交付金がダメなら一般財源でとか
説明が不十分とかいうことじゃなく
そもそも、県民が今何に困ってるかを知ろうとしてないだけ。
鐘で差別が無くなるなら、とっくの昔に日本中の差別が消えてますよ。
交付金の使い道は自治体に任せられてるので、他府県の有識者をはじめ様々な皆さんのご意見は参考程度にという考えなんでしょうが、せめて投票権をもつ地元民の声にはきちんと耳を傾けて実行していただきたいものです。

マチヒトコトモノ活動日誌

未来に向けて意欲的に挑戦を続ける人が好き!そのパッションあふれるサービスを形にするプランニングディレクターの活動記録や思ったことを綴ります